interlock-web_zettaikagushounenの日記

少年のように家具を作る

当て逃げ

当て逃げされた!
どこのどいつだ!



当てたのは仕方が無いとして、誰も見てないから逃げる。
その行為にものすごく腹が立ちます。


例えば、その車に子どもが乗っていたとして、悪い事をしたのに逃げた親を見てどう感じるのでしょうね?
例えば、おつきあいをしている人が乗っていたとして、責任をとらずに逃げた人を見て、未来を信じる事が出来るのでしょうか?
例えば、会社の上司・部下が乗っていたとして、ごまかす行為をする人とどれだけの人が仕事をしたいと思うのでしょうか?
例えば、一人だったとして、自分自身の良心とはどう向き合うのでしょうね?


「お天道様は見ている。」


私自身も「見つからないなら」「ごまかせるなら」「逃げてしまえるなら」「責任を取らずにすむなら」
そんな感情や考えばかりの人だと思います。
それをかろうじて、今の不完全ながらなんとか「ひと」とどまれているのは、
お天道様はちゃーんと見ていると信じているからかもしれません。


良い行ないは、自身にうれしい事として。
悪い行ないは、自身にかなしい事として。


全部返って来る。


まあ、この事を考える時にいつも思う事ですが、「罰が当たれ!」と思います。
これも「人に良くない事が起これば良い」と言う事ですから「悪い行ない」とも言えます。


この感情を持たない様になれば、心穏やかに生きて行けるのかもしれませんが、やっぱり「罰が当たれ!」
と思ってしまう。


自己矛盾。


車直すのいくらかかるかなあ・・・




山本